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長崎地方裁判所 昭和61年(わ)328号 判決 1988年1月26日

主文

被告人を罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、漁船第二甲野丸(全長一二・〇四メートル、総トン数六・一トン)の所有者兼船長で同船の操船業務に従事するものであるが、

第一  昭和六〇年一〇月二七日午後六時三〇分ころ、同船を操船し、長崎県西彼杵郡野母崎町所在樺島灯台から真方位三三五度約一、三二〇メートル付近海上を鰺曽根方面から長崎市牧島町方面に向け速力約二二ノットで航行中、同海域は小型いか釣り漁船が操業していることが予想されたので、速力を適度に減ずるとともに見張員をおくなどして針路の安全を確認して航行し衝突事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、速力を約一二ノットに減じたのみで見張員もおくことなく針路の安全確認不十分のまま航行した過失により、折から同所付近でいか釣り操業中のA(当時四一年)操船の漁船乙山丸(全長約五・二〇メートル、総トン数〇・八八トン)に気付かず、同船の右舷船尾部に自船船首部を衝突させ、よって、右乙山丸の船体を切断して破壊するとともに右Aを海中に転落させて、同日時ころ、同所付近において、同人を溺死するに至らしめた。

第二  法定の除外事由がないのに、前記日時場所において、釣り客を乗船させて運航するにあたり、船舶検査証書又は臨時航行許可証を受有しないで、前記第二甲野丸を航行の用に供した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(事実認定の補足説明)

被告人及び弁護人は、本件衝突事故は既に日没後一時間経過後の夜間の海上での衝突事故であるから、被告人も夜間における注意義務を尽くせば足りるところ、被告人の操船していた第二甲野丸は、航海灯、マスト灯及び船尾灯を点灯して航行し、本件現場に差し掛かって速力を約一二ノットに減じ針路の安全を確認して航行したものであり、海上交通関与者にとっては夜間は専ら他船の灯火に対する注意さえ払っておけば一般的注意義務としては十分であるから、事故当時の一二ノットの速度は相手船に灯火されておれば十分余裕をもって衝突回避措置がとれるので適正速度というべきであること、第二甲野丸は一人で操船する船舶であるから見張員をおくことは無理であって、仮に一二ノットの速力では見張員を置いたとしても第二甲野丸の操舵室からの視界は全く変らないので前方注視違反とはならず、本件事故当時は特に視界を妨げる状況にはなかったので、見張員を置くまでの義務はなかったこと、本件事故の原因は夜間において樺島から三〇〇メートルないし四〇〇メートルもの沖合で乙山丸のような超小型漁船が無灯火で漁を続け、第二甲野丸は法定の各種照明設備を灯火して大きなエンジン音を響かせて接近して来るのに、これに気付かないか又は気付いても何らの衝突回避措置を採らなかった被害者の行動にあり、被告人はこのような船舶の存在することを予想するのは困難であって、被告人がこのような船舶は存在しないと信頼するのは刑法的にも十分保護されるべきであるから、被告人は、本件衝突事故につき注意義務を怠った過失はなく、信頼の原則の適用により無罪である。

船舶安全法違反については、被告人には「遊漁船として」は必要な船舶検査証書又は臨時航行許可証を受有しないのに、「釣り客を乗船させて運航」した違反があるというのであるが、同法第三二条は「第二条一項の施設強制の規定は政令で定める総トン数二十トン未満の漁船には当分の内適用しない。」と規定しているところ、同法施行規則第一条二項一号は、漁船とは「もっぱら漁ろうに従事する船舶」と規定し、被告人は第二甲野丸について昭和六〇年九月一〇日に長崎県に対し漁船としての動力漁船登録をなし、漁船法所定の検査・検認手続を受けたので、船舶安全法の適用外というべきであり、同法施行規則第一条五項の「小型遊漁兼用船」にいう遊漁に従事する船舶というのも、その船舶の使用目的自体が不特定多数の釣り客等を旅客として乗船させることを予定しているものというべきであって、本件のような友人らを無償で好意同乗させた行為も右漁船としての航行の範囲内或いはそれに付随する運行態様と解すべきであるから、この点についても被告人は無罪であると主張する。

一  そこで、船舶衝突事故について検討するに、関係証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告人は、昭和二三年中学校卒業後三七年間にわたり漁船に乗り組んで漁業に従事し、その間、昭和五〇年三月には一級小型船舶操縦士の免許を取得し、昭和五一年六月には特殊無線技士の免許を取得し、昭和五三年頃にはえなわ漁船丙川丸約二十トンを所有し、昭和五五年頃には遊漁船丁丘丸約五トンを所有し、昭和六〇年八月頃新造船第二甲野丸を建造して同年九月一〇日長崎県知事から動力漁船登録票を受け一本釣漁業を営んでいた。

(二)  第二甲野丸は、プラスチック製で総トン数六・一トン、機関種類馬力はディーゼル一二〇馬力で、最大速力二二ノット、長さ一二メートル四センチ、幅二メートル四二センチ、深さ八八センチ、用途は一本釣漁業である。

(三)  被告人は、本件当日である昭和六〇年一〇月二七日午前五時三〇分頃、長崎市牧島町臼の浦岸壁を友人ら三名を乗船させて出港し、速力二二ノット位で樺島瀬戸を通過して午前六時三〇分頃権現山沖合で一本釣りを始め、午前一〇時三〇分頃には鰺曽根に場所を移すこととし、午前一一時四〇分頃同所に到着して四人で一本釣りをし、午後五時二〇分頃には牧島に戻るため、野母浦の楫懸浮標に針路を向けて約二二ノットの速力で航行した。

被告人は、右速力で約三〇分位航行した頃、海上がうす暗くなったので航海灯、マスト灯、船尾灯を点灯し、更に操航して野母浦に差し掛かった際、その海岸付近で五、六艘の水いか釣りの小型漁船の明かりが見え、この海域には無灯火のいか釣り漁船もいることを知っていたので、速力を約一二ノットに落して航行した間もなく午後六時三〇分頃、「ゴトー」と何か船体に当った感じがしたので、エンジンの回転を下げクラッチを前進から停止後進にかけて停船させたところ、小型いか釣り漁船乙山丸に衝突させたことを知った。

被告人は、衝突前は第二甲野丸の操舵室内に立って、前方と両舷側の海面を注意しながら航行し、野母浦に差し掛かった際にこれまでの二二ノットの速力を約一二ノットに減速したが、見張員は立てておらず、被害船舶乙山丸に衝突するまでこれに気付かなかったものである。

衝突現場は、長崎県西彼杵郡野母崎町樺島西沖楫懸浮標から真方位一七六度約九〇〇メートルであり、野母崎町所在の樺島灯台からは真方位三三五度約一三二〇メートル付近海上であって、当時は樺島の山陰で現場海面がうす暗くなって見通しが悪くなっていた。

当日午後六時の天候は晴で、東北東の風、風力〇・〇九メートル、波浪一で、視程は二〇キロメートルで良好であった。当日の日没は一七時三五分で、月出は一六時五七分で、月令は一二・九であった。

第二甲野丸は、自動操舵装置及び遠隔操縦装置があり、無線器を備え、マグネットコンパスやロランC、ラジオ、エンジンクラッチレバーなどを保有しているが、レーダーの備え据え付けはなく、前方の障害物の発見は主として視力にたよって危険を避けて航行していた。

第二甲野丸は、船首から海面までの高さが約一・七〇メートル、船首から船橋操舵者の立つ位置までの水平距離は約一〇メートルであり、海面から操舵者(被告人の場合)の眼高までの高さが約二・三七メートルとして操舵者の船首方向の死角は約三五・四メートルである。

なお、第二甲野丸は、一二ノットの速力の場合には一般的には約一〇メートルでは停止することが可能である。

(四)  小型漁船乙山丸は、全長五・二〇メートルで、総トン数〇・八八トン、幅一・四一メートル、深さ〇・五五メートル、船首と船尾に船倉があり、中央部には二つのイケスがあり、船質はプラスチック製で、船尾部に船外機を据え付けて操船されるが、灯火用の設備はなく、船体は白色である。

乙山丸は、本件衝突によって、船尾部の左舷一・六五メートルの船尾一・二三メートル部分が切断されてもぎ取られ、左舷側に取り付けていた滑り竹は折損して五枚に割れており、船尾部に据え付けていた船外機はハンドルの付け根部分が折損し、クラッチは前進側に入り、アクセルはスロー側を指していた。乙山丸は船外機の機関ヘッドカバーの右舷側に擦過痕があることなどから、右舷船尾部角に第二甲野丸の船首部が衝突したと認められる。

乙山丸を操船していたAは、昭和五〇年七月二五日四級小型船舶操縦士の海技免許を受有しているが、無灯火で水いか釣りの操業中に第二甲野丸に衝突されて海中に転落し、頭部打撲により溺死した。

なお、水いか漁は船尾部から海中に長さ約一五メートル位のテグスにぎじ餌をつけてこれを曳き水いかを釣るものであるが、当時、野母浦で水いか漁をしていた者の中には灯火設備を有しながら、灯火せずに漁をしていた者もいる。

(五)  被告人は、本件衝突現場である野母浦から樺島水道に通ずる航路はこれまで数えきれない位航行しており、一〇月から一一月頃にかけては夜間には小型いか釣り漁船が漁をしていることは良く知っていて、殆んどのいか釣り漁船は明かりを点灯しているが、中には無灯火で水いか釣りをしている漁船のあることは見たこともあって良く知っていた。

本件衝突地点は、別紙図面に記載されている位置であって、楫懸浮標(赤灯)の南方約九〇〇メートルで、その東方にある樺島からは三〇〇ないし四〇〇メートルの沖合の地点であって、そこの水深は約二〇メートル位で、そこから樺島水道へ直進した場合には水深一〇メートル前後の浅瀬を通過することとなり、右浮標は船舶の航路を示したものであって、一般の船舶には右浮標の西方ないし北方を航行するように示したものであるが、被告人の第二甲野丸の針路はそれよりはるか南東側を航行していたものである。

(六)  事故当時の見通し状況については、その一月後の昭和六〇年一一月二七日における日没が一七時一五分で、月出が一六時五六分、月令が一四・五であることから、事故当時とほぼ同じ状況であると想定された同日午後六時一〇分から五〇分までの間に、第二甲野丸と被害船舶に模した代船として和船型小型遊漁船やまと丸(長さ五・七メートル、幅一・四五メートル、深さ〇・六メートル、総トン数約一トン)を使用し、被告人立会のうえで海上保安官が実況見分した結果によると、事故現場に無灯火のやまと丸を漂泊させてその船尾方向に向けて第二甲野丸を航行させて測定した同船からの視認距離は約一一〇メートルであり、やまと丸船上で懐中電灯を点灯させて測定した視認距離は約一一〇〇メートルとなっている。

右テスト終了後に、立ち会った被告人に対し事故発生時と右当夜との相違を質したところ、ほとんど同じであると申し立てている。

なお、右実況見分した海上保安官は、海上での見通し状況についてこれまでに実況見分した経験が一五、六件もある。

二  以上の認定事実を前提として、被告人及び弁護人の主張について判断する。

(一)  海上衝突予防法第五条は、「船舶は、周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように、視覚、聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により、常時適切な見張りをしなければならない。」と規定し、同法第六条は、「船舶は、他の船舶との衝突を避けるための適切かつ有効な動作をとること又はその時の状況に適した距離で停止することができるように、常時安全な速力で航行しなければならない。この場合において、その速力の決定に当っては、視界の状態等を考慮しなければならない。」と規定し、同法第七条一項は、「船舶は、他の船舶と衝突するおそれがあるかどうかを判断するため、その時の状況に適したすべての手段を用いなければならない。」と規定し、同条五項は、「船舶は、他の船舶と衝突するおそれがあるかどうかを確めることができない場合は、これと衝突するおそれがあると判断しなければならない。」と規定している。

右規定で、周囲の状況とは、視界の状態、航行上の障害物の有無や漁船等の操業状況等のすべての状況を意味し、「その時の状況に適した他のすべての手段」とは、レーダーを用いたり、双眼鏡を用いたり、無線などで他の船舶の行動について情報を得ることなどをいい、「常時適切な見張り」とは、どのような時でも視界の状態等の周囲の諸状況及び他船の存在とその状態等のすべての事象につき他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができる情報を得ることができるような見張りをなすことを意味するものと解され、また、「安全な速力」とは、自船にとっても他船にとっても安全であり、自船の性能や無線器、レーダー等の装備の有無、視界の状態、その海域における船舶の存否やその数等の周囲の諸状況など総合的に勘案して他の船舶との衝突を避けるに適した速力を意味すると解され、「その時の状況に適したすべての手段」とは、衝突のおそれを判断するため、見張員を置いたり、双眼鏡を使用したり、無線器やレーダーによる他船の情報をもとに見張りをするなどあらゆる手段を尽くした措置を講ずることを意味するものと解される。

(二)  右規定の趣旨を前提として判断するに、本件衝突現場は、別紙図面に記載された位置であり、野母浦湾内の楫懸浮標の南方真方位一七六度約九〇〇メートルで、野母崎町所在の樺島灯台からは真方位三三五度約一三二〇メートル付近海上であって、その東方にある樺島からは三〇〇ないし四〇〇メートルの沖合地点であって、被告人の操船する第二甲野丸がそこから直進して樺島水道を通過する際の針路は水深一〇メートル前後の浅瀬ないし岩礁のある海域を通過することとなり、楫懸浮標(赤灯)はその西方ないし北方を航行するように示したものであるから、被告人は指示された航路を航行せず、いわゆる近道の針路を取って浅瀬の沿岸を航行しようとして本件衝突事故を惹起したものと考えられる。

また、野母浦湾内には日没後にも水いか釣りの操業をする小型漁船があり、中には無灯火で操業する小型漁船のあることも前認定のとおりである。このような小型漁船が水深二〇メートル以下の沿岸で漁ろうに従事し、通常の船舶は楫懸浮標の西方ないしその北方を航行するであろうと考え、仮にそのような沿岸海域を航行する船舶は細心の注意を払って航行するであろうと考えたとしてもけだし当然と思われる。

(三)  本件事故は、日没後約一時間経過した午後六時三〇分頃に発生した事故である。

本件当時の見通し状況は、前記認定のとおり、航行中の第二甲野丸から無灯火の小型漁船に対する視認距離は約一一〇メートルであったというべきである。海上保安官の実施した実況見分の際に、被告人はその見通しを確認しなかった旨を当公判廷において供述するが、仮にそのようなことで、海上保安官のみが確認したとしても、当時の視認距離は無灯火の小型漁船の場合には約一一〇メートルであったことに変わりはないというべきである(なお、大審昭和一五年九月二一日刑三判は、渡船業に従事する者の注意義務は、その個人的能力の如何により程度を異にするものではないと判示する。)。

当裁判所の検証の際には、第一回目が二八・八メートル接近した時点で小型漁船を発見し、第二回目は約二〇分後に実施したにもかかわらず五八・七メートルの視認距離となったが、海上保安官作成の検証時における明るさに関する報告書によれば、当時は事故当時とほぼ同一の条件下に相当するものとして実施されたものであり、その時刻頃は次第に暗くなる時期であったと言うのであるから、約二〇分後に実施された第二回目がより遠くを見通せたというのは、明らかに目が慣れたためと考えるほかはない。してみると、海上航行での海上の見通しの経験のない素人の見方と海上航行に慣れた人とではその視認距離は大分違って来るものと言わざるを得ない。要は、「安全な速力」を考えるならば、遠くを見通せる者はそれに適した速力で航行し、見通せない者はそれなりの速力で航行するほかはないというべく、いずれにしても、事故当時の見通し状況は前方を注視すれば無灯火の小型漁船であっても、約一一〇メートルの視認距離があったことは厳然たる事実であるというべきである。

(四)  被告人の操船していた第二甲野丸は、本件現場を約一二ノットの速力で航行中に衝突事故を惹起しているところ、被告人が第二甲野丸を操舵した場合の船首方向に対する死角は約三五・四メートルであること及び第二甲野丸は一二ノットの速力の場合には約一〇メートルでは停止が可能であることは前認定のとおりであるから、一般的に一二ノットの速力は潮流等の影響を考慮しなければ秒速六・二メートルであるので、第二甲野丸が右速力で航行した場合には前方にある船舶との衝突寸前から手前少なくとも五・五秒すなわち約三四メートルの間は、操舵者にとって死角となりその発見は不可能であるのに対し、船首付近に見張員をおけばその位置はほとんど死角がないので、その間でも衝突の危険を早期察知すれば衝突事故の発生を未然に防止することが可能と考えられる。

また、第二甲野丸は、本件事故当時三名の乗船者がいたのであるから、海上衝突予防法第五条の趣旨に則り、その時の状況に適したすべての手段により適切な見張りを考慮すれば、その当時の見通し状況や自船の速力や性能に照らし、操舵者の肉眼のみでなく、その他の手段例えば少なくとも一名の見張員をおけば本件衝突事故を回避できたものと思われる。仮に他の乗船者がいない場合には海上衝突予防法の各規定の趣旨に則っとれば、速力を減ずるなどして安全な速力で航行すべきは当然といえよう。

(五)  Aの操船していた小型漁船乙山丸が事故発生当時には無灯火であったと認められることは前認定のとおりである。

海上衝突予防法第二〇条は、「船舶は、この法律に定める燈火を日没から日出までの間表示しなければならない」と規定しており、長さ七メートル未満の動力船で最大速力が七ノットを超えない船舶については白色の全周燈一個を表示してもよいこととなっているものの(同法二三条、なお同法二六条)、乙山丸の右義務違反行為が、本件衝突事故の一因をなしたこともいなめない事実といえよう。

しかし、被害船乙山丸が日没後に無灯火で操業する義務違反行為があったとしても、被告人が前方の注視を怠りなく、あらゆる手段を講じて適切な見張りをなし安全な速力で航行していたならば、本件衝突事故は回避できたというべく、右乙山丸が無灯火で漁ろうに従事し、避譲措置をとらなかったことを以って、被告人の刑責が免れるべき理由はないと言わざるを得ない(なお、大審昭和一〇年二月二日刑三判は、発動機船が木造漁船に衝突させた事故につき、進路の前方を注視し、自己操舵船舶との衝突を予防し得る距離において障害物の有無を警戒したならば、衝突を未然に防止し得たに拘らず、不注意に因り障害物がないものと軽信し、漁船の中腹に衝突させて、これを破壊したときは刑法一二九条二項所定の犯罪を構成するとし、当時縦令右漁船が白色燈を備えず又自ら避譲しない事実があったとしてもこれはその者の注意を怠ったに外ならず、そのため被告人の罪責を免れしむべき理由はないと判示する。)。

(六)  以上の認定判断によれば、被告人は、本件現場海域を航行するに際し、楫懸浮標によって指示された航路に従わずに樺島沿岸を航行し、当時その海域には小型いか釣り漁船が操業していることが予想されたのであるから、前方を注視し安全な速力に減じるとともに見張員をおくなどして針路の安全を確認して航行し、衝突事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠って針路の安全確認不十分のまま約一二ノットの高速力で航行した過失により、日没後約一時間経過していたとはいえ未だ約一一〇メートルも見通せる状況下でいか釣り操業中のA操船の小型漁船乙山丸に気付かず同船の右舷船尾部に自船船首部を衝突させ、乙山丸の船体を切断して破壊するとともに右Aを海中に転落させて同人を溺死するに至らしめたものであるから、被害者の過失が競合していたとしても、刑法一二九条二項、二一一条前段に該当する刑責は免れず、夜間は専ら他船の灯火に対する注意さえ払えば足りこのような船舶は存在しないものとして航行した被告人に対し信頼の原則が適用されるべきであるとの主張は到底採用できないというべきである。

三  船舶安全法違反の点について検討するに、関係証拠によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告人は、昭和五〇年三月一級小型船舶操縦士の免許を取得し、昭和五五年頃遊漁船丁丘丸約五トンを所有し、昭和六〇年八月頃に新造船第二甲野丸を建造して同年九月一〇日長崎県知事から動力漁船登録票を受け、本件事故当日である同年一〇月二七日友人ら三名を乗船させて一本釣りをするために同船を航行の用に供したことは前認定のとおりである。

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六〇年一〇月二七日現在、船舶安全法に定める船舶検査証書又は同日現在有効な臨時航行許可証の交付を受けていなかった。

(二)  被告人が、第二甲野丸に乗船させた三名のうちの一人は、友人でこれまでに三〇回位にわたって被告人所有の船舶に乗船させ遊漁料を支払ってもらったこともあるが、他の二名は、同人に誘われて同乗した者であったが、被告人としては、当日は第二甲野丸をはじめて航行させた関係上、料金を取らずに無償で好意同乗させたものである。

(三)  被告人は、昭和五五年四月と昭和六〇年三月に、いずれも船舶検査証書又は臨時航行許可証を受有しないで遊漁の目的で船舶を航行の用に供した廉により罰金刑に処せられたことがある。

右事実に照らすと、被告人が捜査段階において、遊漁船として使用するときには日本小型船舶検査機構の検査を受け船舶検査証書をもらい、または臨時航行許可証をもらわなければならないことは良く知っていました、遊漁船の許可は事故当時は申請していましたが、安易に考えて、お客三名を乗船させて魚釣りをしたのですと供述しているのは真実をありのまま述べたものと考えられ、十分に信用できるが、これに反する当公判廷における被告人の供述は到底措信できないというべきである。

(四)  被告人所有の第二甲野丸は、進水が昭和六〇年八月一九日で、同年九月一〇日動力漁船登録を受けたが、本件事故後の同年一一月七日船名を甲谷丸に改名登録し、同月一二日日本小型船舶検査機構から小型遊漁兼用船として船舶検査証書の交付を受けており、これによると、遊漁する場合の旅客は一二名で、漁ろうする間の船員は五名とされ、漁ろうする間の航行区域は本邦の海岸から一〇〇海里以内の水域とされ、用途は小型遊漁兼用船となっている。

四  以上の事実を前提として判断することとする。

(一)  船舶安全法及びその施行規則等においては、船舶がそれ自体の堪航性を保持し、かつ船舶内における人命の安全を図るための施設として、船舶の構造(船体・機関)、帆装、排水等の諸設備、満載吃水線の標示、無線電信又は無線電話のような物的諸施設について基準を定め、更に、その他船舶の安全に関連する事項として、船舶の航行し得る区域、漁船が従事し得る漁業の種類、船舶内に塔載が許される人員の限度、ボイラーの使用圧力の最大限度等について基準を定め、これらを遵守させることとしている。

そこで、船舶の航行の安全を保持するためには、船舶が、義務づけられた諸種の施設を安全な基準に従って設置しているか否かを確認するため、船舶に対する検査制度を設け、船舶の所有者は、その船舶を初めて航行の用に供するときには船舶検査証書の受有を義務づけられ、これを受有しない船舶を臨時に航行の用に供するときには臨時航行許可証の交付を受けることとなっている。

ところで、船舶安全法三二条は、同法二条一項の施設強制規定を、政令をもって定める総トン数二十トン未満の漁船に当分の間は適用しないと規定している。ここにいう「漁船」の概念は、同法の立法目的である船舶の堪航性を保持し、かつ人命の安全を図るための必要な施設等をなさしめる趣旨から、理解すべきであることは言うまでもない。

(二)  船舶安全法第三二条の漁船の範囲を定める政令は、同法条の漁船の範囲を、専ら本邦の海岸から十二海里以内の海面又は内水面において従業する漁船と定めている。

してみると、被告人が本件事故後に間もなくして受けた船舶検査証書の内容は前記認定のとおりであり、これから判断すれば、その航行区域、用途等に照らし、被告人の本件当時の第二甲野丸が船舶安全法上で適用除外される漁船に該当しないものであることも推認される。

(三)  船舶安全法施行規則第一条二項は、「漁船」とは「もっぱら漁ろうに従事する船舶」と定義している。

これは、前記施設強制規定の適用を排除する漁船を限定するものであって、同法が航行という船舶の動態的側面から、「漁船」概念を把握したものと解され、たとえ臨時的とはいえ、当該航行が非漁業業務の旅客運送に従事するものである限り、同法の適用を排除される漁船には該当しないと解すべきである。従って、個々の航行を問題とせず、全体として「漁業その他関連業務の通常の意味での専業船」という観点で「漁船」を把握し、「もっぱら漁業に従事する船舶」と表現する漁船法とは船舶概念の観点を異にし、同法による漁船登録によって船舶安全法上の「漁船」の認定を左右せず、専業的な漁業以外の業務に臨時的に使用されたとしても漁船法上の「漁船」の資格を失うことはないが、船舶安全法上の「漁船」には該当せず、前記施設強制の規定の適用は免れないというべきである(注解特別刑法2交通編(2)中の船舶安全法九頁参照)。

なお、小型船舶安全規則は、船舶安全法第二条一項の規定により漁船以外の小型船舶に関し施設しなければならない事項及びその標準について定め、船体、機関、その他の設備等に関する規定を置き、船舶安全法の適用を受けない小型船舶についての安全措置をはかるようにしている。

従って、漁船法所定の検査・検認手続を受けたことをもって、船舶の安全施設や設備等に関する規制を免れるものではないことは当然といえよう。

(四)  船舶安全法施行規則第一条五項において、「遊漁」とは「旅客がつり等により魚類その他の水産動植物を採捕すること」と規定している。第二甲野丸は本件航行に際し、遊漁すなわち非漁業業務にこれを供したものであることは前記認定のとおりである。当時乗船していた友人ら三名は有償によるものではなく、無償で好意同乗させたものであるから、右にいう「旅客」に当らず、同船は遊漁船に該当せず、非漁業業務に従事したことにもならないとする論法は、論理の飛躍であり、船舶安全法の立法趣旨が船舶の動態的側面から規制するものであることは前記のとおりであって、対価の徴収の有無によって船舶の堪航能力や人命の安全保持を目的とした施設強制を左右するものではないというべきである。

(五)  以上の認定判断によると、被告人が本件当日操船していた第二甲野丸が、船舶安全法に違反して航行の用に供されたものというべきであるから、被告人及び弁護人のこの点に関する主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法一二九条二項、二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は船舶安全法一八条一項一号にそれぞれ該当するが、第一の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い業務上過失致死罪の刑で処断することとし、各所為とも所定刑中罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金一五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 玉城征駟郎)

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